呉という街の名前を、歴史の本ではなく一本の映画で知った人は多いはずだ。2016年に公開された長編アニメーション映画「この世界の片隅に」。こうの史代の漫画を原作に、片渕須直監督が映画化し、日本アカデミー賞の最優秀アニメーション作品賞を受けた作品である。その物語の大半は、戦前から戦中の呉で進む。この記事では、映画の舞台としての呉をどう訪ねるか——そして、どこを訪ねるべきでないかを、公開されている情報にもとづいて書く。
すずが暮らした街
物語の主人公すずは、広島市の江波で生まれ育ち、呉へ嫁いでくる。以後、画面に映り続けるのは、坂の多い住宅地から見下ろす軍港、行き交う艦、配給の列、路地の暮らしだ。
この映画が特別なのは、戦艦や空襲を「事件」として描く以上に、その傍らの日常を徹底して細かく描いた点にある。当時の呉の地形や町並みは入念な調査のうえで再現されており、映画を観てから呉を歩くと、坂の傾き方や港の見え方に、画面の記憶が重なってくる。
呉はなぜ坂の街になったのか、なぜ港がああいう形なのか——このサイトでこれまで書いてきた街の成り立ちの話は、そのままこの映画の背景の解説にもなっている。映画が描いた時代の呉は、いまの呉の一つ前の層であり、地形はほとんどそのまま引き継がれているからだ。
歩いて確かめられる場所
呉市の公式観光サイトにも、映画やドラマのロケ地・舞台を巡る特集が組まれているほどで、作品を入口に呉へ来ること自体は、街の側からも迎えられている。
たとえば市街地には、作中に登場することで知られる江戸時代の蔵——三ツ蔵(旧澤原家住宅)のような実在の建物がある。また、すずが見下ろしたような「坂の上から港を望む」風景自体は、呉の市街地のあちこちの坂道で、いまも出会える。特定の一点を探さなくても、この街の地形そのものが映画の舞台なのだ。
訪ねてはいけない場所がある
ここからが、この記事でいちばん書いておきたいことだ。映画の製作委員会は、主人公の嫁ぎ先である北條家があると想定される地域——旧上長ノ木・畝原・惣付のあたり——を、いわゆる「聖地巡礼」の目的地としないよう、公式に呼びかけている。
理由は明快で、そこが道の狭い、ごく普通の住宅地だからだ。観光地ではなく、人が暮らしている場所である。住民に迷惑がかかることを、監督や原作者も含めて心配してのお願いであり、写真をネットに載せることや、報道で観光地として紹介することも控えるよう求められている。
作品を愛するなら、この線引きごと受け取るのが筋だろう。物語の核心の場所は、地図の上ではなく画面の中にある。
幸い、呉には「行ってよい場所」が十分にある。市街の坂道、港の風景、博物館が伝える当時の記録。作品の舞台を感じるために住宅地へ踏み込む必要は、そもそもないのだ。街の側が用意してくれている入口から入る。それで作品の呉は十分に歩ける。
作品への入り方
呉を訪ねる前でも後でも、映画は観られる。ただ、順番としては先に観てから来ることを勧めたい。大和ミュージアムやてつのくじら館で艦の歴史に触れ、坂の街を歩き、港を見下ろす。そのすべての場面に、すずの目線という補助線が引かれる。
博物館が伝えるのは艦と技術の記録で、映画が伝えるのはその時代を生きた人の暮らしの感触だ。二つは同じ歴史の別の面であり、両方を持って歩く人には、呉の坂道が二重に見えてくる。
戦争を扱った作品である以上、浮かれた巡礼ではなく、静かに景色を確かめる旅になるはずだ。それがこの映画と呉の街への、いちばん自然な敬意だと思う。
まとめ
「この世界の片隅に」は、戦前・戦中の呉の暮らしを描いた2016年の長編アニメーション映画で、呉の坂と港の地形は、いまもその舞台として歩ける。ただし、北條家の想定地とされる住宅地一帯へは行かないこと——これは製作委員会が公式に求めている作法だ。行ける場所と行かない場所を分けたうえで、映画の記憶とともに坂の街を歩いてほしい。
(この記事は、映画公式サイトの告知および公開されている観光情報にもとづいて書いた。訪問の呼びかけや公開されている案内の内容は変わることがあるので、出かける前に映画公式サイトと呉市の観光案内で最新の情報を確認してほしい。)

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