広島と愛媛を島づたいに結ぶ道といえば「しまなみ海道」がよく知られているが、呉市側からもうひとつ、島を渡っていくルートがある。「とびしま海道」だ。知名度ではしまなみ海道に譲るものの、静かで、江戸時代の街並みまで残っている。この記事では、公開されている情報をもとに、このルートを紹介する。
どこからどこまでの道なのか
とびしま海道は、呉市の川尻町から安芸灘大橋を渡って始まり、いくつもの島と橋をつないで、愛媛県今治市の岡村島まで続くルートである。
通る島を順にたどると、下蒲刈島、上蒲刈島、豊島、大崎下島、平羅島、中ノ島、そして岡村島。これらを7本の橋——安芸灘大橋、蒲刈大橋、豊島大橋、豊浜大橋、平羅橋、中の瀬戸大橋、岡村大橋——が結んでいる。「7つの橋」と呼ばれるのはこのためだ。
なお、入口にあたる安芸灘大橋は有料の橋になっている。料金や割引の扱いは変わることがあるため、出発前に管理者の案内で確認しておくと安心だ。
しまなみ海道とは性格が違う
同じ「島を渡る道」でも、しまなみ海道ととびしま海道では雰囲気がかなり違う。
しまなみ海道は本州と四国を結ぶ幹線で、自転車で走る人も多く、常に人の流れがある。対してとびしま海道は、生活道路の色合いが濃い。交通量が少なく、道は海沿いをのんびり回り込んでいく。橋を渡るたびに景色が切り替わり、みかん畑の斜面と瀬戸内の海が交互に現れる。
急ぐ道ではない、ということだ。同じ距離でも、しまなみ海道より時間を多めに見ておいたほうがいい。というより、時間を多めに使うためにこそ選ぶ道だと思ったほうが、この道の楽しみ方に合っている。
いちばんの見どころは大崎下島の「御手洗」
とびしま海道でどこか一か所と言われたら、大崎下島の御手洗(みたらい)地区になる。
ここは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている集落だ。江戸時代、瀬戸内海を行き来する船は潮の流れに合わせて動く必要があり、潮の向きが変わるのを待つための港——「潮待ちの港」が各地にあった。御手洗はその代表格として栄えた町である。
いまも当時の町並みが残っていて、細い路地に古い商家や町家が並ぶ。観光地としてつくり込まれた感じが薄く、人が住んでいる場所のなかに歴史がそのまま置かれている。歩いていると、角を曲がるたびに時代の手触りが変わる。車を停めて、あとは歩いて回るのがこの町の正しい味わい方だ。
みかんと海の風景
大崎下島の一帯は、柑橘の産地としても知られている。斜面という斜面がみかん畑になっていて、実がなる季節には山の側面がオレンジ色に染まる。
とくに大長(おおちょう)地区のみかんは古くから知られたブランドで、道沿いの直売所などで扱われていることがある。品揃えや営業の状況は季節と店によって変わるので、そこは現地で覗いてみるのが早い。
海側に目を向ければ、瀬戸内らしい多島の風景が続く。島と島のあいだを船が抜けていき、対岸にはまた別の島が重なって見える。展望台に上がらなくても、走っているだけでこの眺めが続くのがとびしま海道の贅沢なところだ。
岡村島から先はどうなるのか
とびしま海道の終点、岡村島は行政区分でいうと愛媛県今治市になる。ただし、ここから先の今治市街まで橋がつながっているわけではない。
岡村島から四国側へ渡るには船を使うことになる。この航路をうまく組み合わせれば、呉から島を渡って四国へ抜けるという旅程も組める。ただし便数や運航の状況は変わるため、船を前提に計画を立てるなら、事前に運航会社の時刻表を必ず確認しておきたい。
日帰りで戻ってくる前提なら、御手洗まで行って引き返すコースが現実的で、無理がない。
まとめ
とびしま海道は、呉市の川尻から7つの橋で島をつなぎ、愛媛県の岡村島まで続くルートだ。しまなみ海道ほど混まず、静かに走れるうえ、途中には江戸期の町並みが残る御手洗がある。呉の市街地観光だけで帰ってしまうのはもったいない、と言えるだけの中身がある道である。時間に余裕のある日程なら、一日をまるごと使ってこちらへ足を伸ばしてみてほしい。
(本記事は一般に公開されている情報をもとに構成しています。橋の料金・航路の運航状況・店舗の営業などは変更される場合があるため、おでかけの前に各管理者・各事業者の公式情報で最新の状況をご確認ください。)
コメント